ベクトルは自分に向ける

現実が色濃いわたしたちは、自分はどう思うかを大切にすると、どうしても「それがあっているか 間違えているか」
「嘘」「本当」に流れがちです。

特にスピリチュアルや、哲学にしても宗教的な教えにしても、それらが言っていることを「あれはどうだの、こうだの」と議論をしてしまいます。

これでは気づきではない、ただの議論を堂々巡りをしているのです。

ベクトルを自分に向けるということは
そこから何に気づくかということです。

そうしないと、ただ現実を否定批判することになってしまいます。

いかようなことがあっても、ベクトルを自分に向けて、気づくことで、その出来事の本質がわかり、同時に地球と感情のシステムに気づき「赦し」となっていきます。

「赦し」とはそうであることに否定批判しないこと。

そうである状態も大切な通過点、その上で自分はどう思い、何に気づくか

どのくらいベクトルを自分に向けて、多角的多面的に見ていけるかが、覚醒には一番大切なことなのです✨

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。